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まだ、生まれて数週間の子犬だった。境内で、水浴びをしていたのだが、そこに公家衆の子弟が歩いてきて、薄汚れた悠陽を棒で突いたのである。
そこへ、修行僧のひとりがきて、
『こらこら、生きているものをいじめたれば、数百年後に、あなたの子孫に苦業がもたらされます。いますぐおやめなさい』と悠陽をかばい、だきあげてくれた。
『おまえ、どこから来たんだか知らないが、行く宛がないなら、私の知り合いの方に引き取ってもらおうと、思うがどうじゃ?』
と、ワンコである悠陽の瞳をみつめ、同意を促してくれた。
「くぅーん、くんくん」悠陽は言葉を喋ったつもりでうれしい、うんうんと意志を伝えた。
*
東大寺の境内から離れて、あまり裕福そうでない館に入ると
『頼もう、頼もう』と大声で玄関口より、館全体に届く声で、呼び掛けてくれた。
中にはヒトの気配はするのだが、一向に出てくるようすがない。
『もしかしたら、娘さんしかおらんのかもしれんな』とつぶやいて、裏庭に僧はまわり、縁側越しに再び呼び掛けてみると、
「うううっ」と声にならぬ声が中から聞こえた。
扉を僧は開けると、
片手のみ自由に動く娘さんが、扉のすぐそこまで、這い出してきていた。
まるで、人の世の醜さを背負って生まれてきてしまった、現代でいう奇病にかかった娘さんである。
そこへ、娘の母親が帰ってきて
「あら、一靖(いっせい)さんじゃありませんか、何かご用ですか?」
『あ、母さま、千寿子に子犬をあわせてあげたくてもってきたのです』
「あ。人は気持ちわるがって、お友達のいない千寿子の遊び相手にですか?」 『はい、利口な犬ですから、ご病気も快方に向かわれるかと、思いましてね』と、会話してるうちに、悠陽と千寿子は何年も過ごしたかのように、仲良しになっていた。
*
━━━━━つづく…★
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