心の傷

6/27
前へ
/235ページ
次へ
俺は目をつぶっているから当然その姿は見えない……、はずだった。 それなのに、見えている。 ロングのコートを着た男の人だ。 だけど、なぜか顔のところは黒い靄がかかっているようによく見えない。 そのうえ電車の中のはずなのに、すごく遠くにいるような気がする。 そのわりに声だけはよく届く、まったくおかしな感じだった。 「あなたは誰?」 そう言おうとしたのに言葉にならない。 「どうすればその疲れから開放されるか教えてあげようか?」 そんなものが本当にあるならぜひとも教えて欲しいものだ。 「何、実に簡単なことだよ。それは……」 そのときまたアナウンスが聞こえてきた。 目を閉じたときの駅の、一つ向こうの駅だった。 ゆっくりと目を開けると、中途半端に目覚めたとき特有のけだるさを感じた。 やっぱり寝ていたのか。 だけど、やけにリアルだったような。 そんなことを考えながら、俺は伸びをした。 そのとき持っていた肩掛けの鞄が床に落ちた。
/235ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加