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気がつけば、辺り一面を燃え盛る炎が獣の舌のようにそこら中を這いずり回っていた。民家などの建造物も地面の土も空も、そして大好きだった診療所さえも、獣のような炎に焼かれその姿を変えている。
「………」
目の前の光景に足がすくんだのか?はたまた思考が麻痺したのか、それともその二つ共のせいか………彼女は動くことができなかった。
「………」
いつも診療所に来ていたあの女の子は無事だろうか?小さな島なので子供が少ないという事もあるだろう、赤の他人である自分の事を姉と親しんでくれたあの女の子。
「ちゃんと……逃げれた…かな…」
その言葉が自分の口から出た言葉という事に彼女は気が付かなかった。
ふ、と風が髪を揺らす。いつの間にか炎が消えて、そこには自分しかいなかった。何処までも広がる蒼い空、漂う白い雲。そして空と交わるまで続く果てしない白い床。とてもゆっくりと流れる時間が感覚を奪っていく。
(また同じだ…)
何度視ても突然場面が入れ替わる。あの島での事件を見ているのに気がつけばこの、雲でさえ止まっているかのように見える場所にいる。そして
(…くる……)
いつの間にか、白いフードを目深に被った人物が目の前に立っていた。フードだけではない、全身を真っ白なローブで身を包んでいる。
『私は……だ』
そしていつもと同じ言葉を紡ぎ出した。だがそれは目の前の人物が発しているのに、何故か頭の中に響いてくる。まるで両側に大きなスピーカーを置いているように、しっかりとした音が頭の中に鳴り響く。
『目を…け』
それでも、その声の人物が男なのか女なのか分からない。
『そして……の…を妾(わらわ)に……て……』
なぜなら発している声が男から女、年齢さえも子供から老人へと移り変わって行くからだ。
(いや…やめて…!)
本能からだろう。得体も知らない相手に対し、恐怖心が生まれていた。
(……ないで!)
自分の声もはっきりと聞こえない。いや、その言葉が自分の口から出た言葉なのかも分からない。
『僕に…の…を。その…を』
声が大きくなる。
『…をちょうだい』
限界だ。
「いやぁーーぁあ……」
『…を……せてくれ……』
自らの悲鳴と理解する前に、急速に世界が遠のいて行く。それと同時に、悲鳴も白いローブの人物の声も、全てが遠い記憶のように消えて行った。
青空も白い床も、遥か彼方へと遠ざかり代わりに闇が侵食する。
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