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黒。何処までも広がる暗黒の世界。その闇の中、自分の存在だけがはっきりと分かる。無重力のような空間を漂う自分という個体が、ひどく小さく感じるほどその空間は広かった。
「……!」
微かに聞こえた声。先ほどまで聞いていた、聞く者に不の感情を植え付けるような声ではなく、安心を与えるどこか懐かしげな暖かさを感じさせる声だ。
「…れん!」
暗闇の向こう、小さな光が大きくなるにつれて聴こえて来る声もまた、大きくなる。
「かれん!」
光が弾けた。世界の終わりが、夢から覚める時が来たのだ。
「………」
無言のまま、花恋(かれん)は辺りを見回す。草木の臭いが鼻をくすぐり、頭を預けた主が広げた両手にしげる葉達の間から、まるで糸のように伸びる木漏れ日が周囲に光のワルツを演じていた。耳を澄ませば近くを流れる小川のせせらぎと共に、小鳥達の鳴き声が聞こえて来る。
「……夢、か………」
自らの右手を顔の前に掲げぽつりと呟くその表情はどこか淋しそうだった。
「いつもの………」
パタン、と手を下ろした先で羽根を休めていた蝶々が舞い上がる。よく見ると普通の蝶々ではない。蒼い色や姿形こそ昆虫のヘレナモルフォという物に似ているが、躰に比べて羽根が大きく、その羽根ではなく全身から淡い蒼色を放っていた。
「……ねえ」
蝶々が彼女の頭上で飛び回る。
「あなたは私に、何を視せたいの?」
かれんの声が静かな森の中に染み渡って、霞のように消えて行った。
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