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それから毎日、猫は私の部屋にごはんを食べにくるようになった。猫が食べ終えるまでの数分、私は、一日分の体力を消費するくらい話かけた。
「さいきん、おかあさん、が、私に、かまって、くれないの」
「仕事に行ってんのか?」
「うん」
始めのころは、この口調にビクビクしていたが、今ではすっかり友達感覚で話を進めることができた。
「オヤジさんは?」
「…………死んじゃった」
父のことを訊かれた途端、少し、胸の奥が苦しくなって、悲しさが、真っ白な紙に墨汁をこぼしたように滲み出てきた。
父は事故死だった。
私が高校入学の時、車に跳ねられ、目の前で死んだ。
――学校生活は初日が肝心。誰かがそんなことを言った気がしたが、私の初日は最悪だった。
事故のあと、いろいろあって登校し始めたのは、四日が経ってからだった。
クラスでは、みんな、気を使っているのか、私に話しかけようとはしなかった。
が、ひそひそと小声で話している声がナメクジのように私の心と体を這いずりまわり、不快な気持ちで気が狂いそうだった。
しかし、サチエだけは、なぜか私に普通の友達と接するように直接話かけてきたのだ。
その時、気が荒れていた私は何度も何度も、「ほっといてよ!」と彼女を振り払ったが、サチエはいつも子猫のように擦り寄ってきた。
「ねぇねぇ、マリ、新しい洋服屋さんが出来たんだよ。一緒に行こ」
「ねぇねぇ、マリ、帰りにケーキ食べに行こうよ」
「ねぇねぇ、マリ、面白そうな映画、今日公開なんだ。見に行こ」
「ねぇねぇ、マリ――」
サチエという女が、なぜ私にこんなにしつこかったのか、分からなかった。
けれど、サチエに話かけられて、私は気付かぬ内に人間としての機能を取り戻していったような気がする。
「ねぇねぇ、マリ、一緒にお弁当食べよっ」
いつからか、父の死が、喪失感が薄らぎ、立ち直ることができたのだ。
「うん。いいよ」
それから、たまに父の死に、胸を苦しめ暗い気持ちになっていたけど、サチエとのことも同時に思い出し、私は大丈夫になった。
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