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「それで、いまは、お母さんが、一人でね」 「なら仕方ねぇだろ。女手一つで暮らさなきゃなんねぇだからよ。しかも娘はケガ人だ」 「分かって、るよ。そ、んなの」 私は口を尖らせて、独り言のように呟いた。 猫は聞こえているのかいないのか、ぴょん、と置かれたトレイの前から窓まで軽々と跳んだ。 スタッ、と音なく華麗に着地した猫は、外に顔を向けたまま、 「おふくろさんだって、ツライんだ。甘えてんじゃねぇ。話をしたいなら、自分でキッカケを作るんだな」 言いたいことだけを言って、去った。 私の心のなかで、猫の吐いた、キッカケという言葉を心で反芻させ、ようやく気付いた。 私、甘えていたんだ。お母さんと話すキッカケなんて、ヒロくんと話すことより簡単に作れるのに。 その日、私は空っぽになった食器を重ねて(あの猫は刺身だけでなく、白米も平らげていた)、炊事場まで持っていった。 不自由な体は数回、倒れそうになったが、手摺りを掴みゆっくりとゆっくりと進んだので、何とか転ばずにすんだ。 事を終えた時、汗だくだった。 でも、達成感が身体中に染み込み、その場で、母の帰りを待った。 早く母の驚いた顔が見たかった。 夕方。 帰ってきた母は、素っ頓狂な悲鳴をあげるほど驚き、無理に体を動かしたことで、心配させたことになってしまったが、 「大丈、夫だよ、お母、さん。ビックリ、しすぎ」 「あ、あら、そう? いや、だってまさかマリが……ねぇ。おほほほ」 すぐに笑ってくれた。
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