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私が恐怖に耐えながら、涙を流していると、母の腕が私の頭をそぉっとやさしく抱いた。 細くて、弱々しい腕だったけど、暖かくて、心の闇やら不安やらを、まるで掃除機で吸い取ってくれている感じだった。 「マリ、いいのよ。これから、ゆっくりとすごしましょう」 母の安らぎの声を耳にしたのは、いついらいだろう。 私は声を出さずに、こくり、と頷いた。 それから一週間。医師から、自宅へ帰ってもいいと許しをもらった。 ケガが完治したわけではない。 むしろ何も変わっていない。私は少し疑問を抱き、荷造りしている母に尋ねた。 「先生がね、暮らすこと自体は何も問題ないから、自宅で安静にしていた方が気が楽だろう、て。それに入院費だってばかにならないし」 母は笑いながら答えていたが、何だか悲しそうだった。 ――数ヶ月ぶりに帰宅。何だか、長い旅に出ていて、そこから帰ってきたみたいだった。 雰囲気を味わうように、深呼吸してみる。 ……うん。なに一つ分からない。 家の中は特に変わりはなかった。玄関も、居間も、廊下も、何の変わりもない。それが何だか妙に嬉しくて、また涙がほろり。 「マリの部屋、安静用のベッド置くのに、少し片付けたから」片付けた、この言葉を耳にした瞬間、ドキッとした。 ま、まさか、机の引き出しの下に隠していたエロ本、……見つかってないよね? 私の心臓が早鐘を鳴らしているにもかかわらず、母はさらに、 「まさか、マリがあんなに好きだったなんてね」 と、嬉しそうに言うのであった。 私はぶっ倒れそうになった。
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