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「喰いてぇ」
呆然としていた私に、猫が繰り返し言った。
間違いなかった。今、猫の口が……開いて、そして私に話しかけたのだ。
「聞こえなかったのか? 腹ぁ減ってんだよ」
それにしても、乱暴な喋り方だなぁ。
「おい、聞いてるのか?」
「あ、はい。どうぞ、召し上がって、ください」
勝手に上がり込んだあげく、ごはんを要求する猫に、敬語を使う私は何だ?
猫は私の了承を得ると同時に室内に飛び込み、ベッドにセットされたテーブルの上で腰を曲げた。
「たく。聞こえてるんなら、もっと早く返事しろよな」
ブツブツと文句を言いながら、猫はガツガツと、豪快な食べっぷりを見せた。
その荒々しい様を見つめながら、私は固まっていた。
おかしなことに気付いたのだ。
「おめぇ、学校は?」
やっぱりだ。
やっぱり、この猫の声が、聞こえるはずのない、右耳から侵入して脳に響いている。
「おぅい!」
猫が怒り、口にこびりついた食いカスを飛ばしながら怒鳴った。
私は驚いて、頓狂な声を上げた。
「な、なによ?」
「学校はどうしたんだ?」
「私は、ケガ、して、るの見れば、分かる、でしょ」
長い言葉を、私はハァハァと吐きながら言い終えた。猫はそんな私の状態をじっと見つめていた。
「ケガ人なら、飯をちゃんと喰わねぇと、早く治らないぜ」
「食欲、ないの――」
私はもう、猫と話していることに対して何の疑問はなかった。この、一人で寂しい時、誰かと話せるなら何でも良かった。
相手が口の悪い猫でも。
「食欲が、ねぇのか! ハッハ、なら毎日俺様が飯を頂きに来てやるぜ」
「いいよ。そのかわり――」
私が、いいよ、と言うと猫は少し驚いた(ように見えた)顔をして、何だ? と訊いた。
「私の、話、相手に、なって」
「…………」
私の条件にしばらく考え込む(ように見えた)と、
「飯を喰い終えるまでの間だな」
猫は言葉を残し、開けたままにしていた窓から風に乗るように、どこかへ飛び去った。
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