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──『嫌う』。
そう、嫌うだろう。
これが一番俺を苦しめる。
けど、よく考えれば、ちょっと前の俺らに戻るだけじゃないか。
いつきは俺を嫌っていた。
会話だって、
丸々一年、してた記憶がない。
前に戻るだけ。
だけど、そう考えると涙が不意に、右目から静かに落ちた。
嗚呼、こんなにも悲しい気持ちになったことがあっただろうか。
ゆっくり上を向くと、もう涙が落ちることはなかった。
が、視界が霞む。
「…………くそっ、」
頭の回転が早いのも考え物だ。
こうやって、現状把握が出来るが、つまりそれは現実をしっかりと知ることができてしまう。
だからこそ、焦燥感に駆られる。
早く、早く、誤解を解きたい。
───ガタッ
そう考えながら尚も上を向いたままでいると、不意に物音が扉の方からした。
扉を注意して見ると、扉がゆっくりと開く。
そこには……‥
「久しぶりだね、篠田君。」
「……か、兼田先輩、」
体操着姿の兼田先輩が部屋にそう言って入ってくる。
予想外の人物の登場に全く頭がついてこない。
唖然と先輩を見れば、先輩は部屋をぐるりと見渡すと、京哉の方を向いた。
「………なるほど。」
そう呟くと京哉に近づく先輩。
(え、……何が「なるほど」?)
混乱する京哉とは逆に、落ち着いた足取りで向かって来る先輩。
訳が分からず動けない。
「実はね、礼に呼ばれて来たんだ。」
そう言うと座っている京哉に視線を合わせるように、丁度京哉の向かいにあるソファーに座る先輩。
一方の京哉は何も答えられずにいた。
(兼田先輩は苦手だ…‥)
この人は何を考えてるのか、全くわからない。
顔には勿論出ないし、何より実力で「次期部長になる」手前まで来てた人だ。
それなりに頭も回るし、だからこそ一つ一つの行動の意味を考えてしまう。
「多分、……思う存分、篠田君に仕返しをしろって意味だろうねー…」
京哉の赤く腫れた足を見ながら先輩は無表情でそう言う。
一方の京哉はその言葉に冷や汗が伝う。
仕返し……だと…?
でも、俺はっ………‥
「先輩を落とす為に、俺がやったと、……先輩も思ってるんですか?」
出来るだけ落ち着いた口調でそう聞けば、先輩は、少し口角を上げて笑った。
「まさか。そんな風に思ってるのは礼くらいだよ。」
今度は自嘲気味に笑った先輩に、思わず眉間に皺をよせてしまう。
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