33人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「よ、頑張ってるか?」
「ええ、少なくとも誰かさんよりは」
時は過ぎて、ある晴れた日の午後。いつも通り私の邪魔をしに来た彼に、草刈りをしていた私は一旦仕事の手を止める。
そう、それはどこまでもいつも通り。
あの日の夜の私たちは確かにただの幼馴染みではなくて、男と女だった。けれどもそれは、あくまであの日あの時限りの関係でしか無くて。
まるで何ごともなかったかのように、私たちは以前となんら変わりのない生活に戻っていた。
「失礼な奴だな。俺は誰かさんと違って仕事が早いだけだ」
「へえ。どの口がそんなこと言うのかな」
「じ、冗談。だからその鎌を持ち上げるのは止めよう。な?」
あれが本当に一夜の夢であったとしても、構わない。女はその夢を永久にする方法を持っているから。
そっと、腹部に左手を添える。
「実りの秋まで、あと少し」
そして、私の夢も永久へと変わるのだ。思わず口許が弛む。
だってそうでしょう?夏が過ぎれば、私の想いも形になるのだから。
眠れない夜は、夢を見るようになった。
嬉しそうに笑い合う彼と、私。その視線の先には、小さな子供がいて。
幸せな、家族の形。
決して裕福ではないけれど、私の果樹園……否、私たちの果樹園で育てた林檎を売って生活をしている。時には私も子供と一緒に彼の手伝いをしたりして、仕事中でも幸せな空気が流れていた。
最初のコメントを投稿しよう!