始まりは深夜

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第二の症状 「パニック障害」   眠れない焦りが、強い自己脅迫に変わり、布団の中で、形の無い敵と戦うように。 暴れた。   シャドーボクシングを想像してくれれば良い。 シャドーボクシングよりもっと、狂ったように、声も無く暴れる。 襲いかかる夜の闇と、体を這う無数の虫を振り払うように、汗だくになって。   それは、不眠症に慣れて来ていた当時は、やはりただの…何か、ただ疲れているのだと思っていた。   眠れない夜に脅える日々が一変、眠れない夜と戦う日々。   叫びたくなる衝動を抑え込む理性。 叫んでも、敵は消えない、寧ろ強くなるだけ…   と、冷たい声が脳に響く。 体は狂ったように暴れているのに、脳は冷たく俺を制す。   均等を保てなくなった体と脳は、不眠症を気合いでカバーしていた仕事にも影響した。   職場で、記憶が飛ぶ。   さっきまで笑っていた俺が、今は激しく怒っている。 端から見ても、明らかな豹変だったらしい。   気が付いた時、俺を見上げるパートさんの真剣な眼差しがあった。   「私の何がそんなに気に入りませんか⁉私が何かしたならはっきり言って下さい‼」   …何の事か解らなかった。 何か、俺はパートさんを怒らせたらしい。 暫し考え、ようやく言葉を返した。   「何にも問題ありません、ただ私が少しおかしいだけです」   自分で発した言葉に違和感があった。   俺が、おかしい?   とっさに返したほんの些細な言葉だった筈なのに。   俺は、おかしいのか?   おかしいって何だ?   目を伏せていた真実は、いつも俺の中に存在していた。 ただ、気付かないふりをしていただけで。   眠れないのは、「そんな日もある」からじゃない。 襲いかかる闇は、ちょっとしたストレス程度の話じゃない。 記憶が飛ぶのは、疲れているだけだからじゃない…   売り場で、呆然と立ち尽くした。   ああ、俺──   ──精神病だ   物心ついた時から目立ちたがりで、プライドが高く、弱音を吐いたら負けだと、いつも歯をくいしばって生きていた。   そう、自分は誰よりも強かで、聡明でなくてはならない。 高い高い、自分の理想像。   その俺が、精神病…?   認める訳にはいかなかった。 認めたら、それは自分は弱い、と言う事と同じ…弱音だ。   違う、俺は強い。 仕事も出来る、賢く活発なエリートなんだ。   弱くなんか無い。 俺は…
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