2つの眼球

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 微睡みの中で夢を見た。 たくさんの料理を卓に並べ、誰かの帰りを待つ女性の夢を。 彼女は誰かがドアを叩くのをずっと待っている。 腕を奮って作った二人分の料理が冷めきってしまっても、彼女はずっと誰かの帰りを待っていた。 ごとり、と荷物が揺れる音が意識を現実へ引き戻した。 砂利や石が多いのか、荷物は絶えず小刻みに揺れている。 「…またか」 夢の残滓が目尻から頬に流れていた。 出発してからもう8日、見る夢はいつも同じだった。 雫を拭うと気を逸らす為に外の景色に目を向けた。 風の中に肌を刺す冷気を感じる。 俺の目に映るのは星空を背景に巨大さを誇示する山々の頂。 ミナガルデを出発した馬車はいよいよ最後の関門であるヒンメルン山脈へとさしかかっていた。 ヒンメルン山脈とは、『空へかぎりなく近い山』と呼ばれる高い峰が連なる山脈で、東シュレイド地方からこの山脈を超えると、温帯地方が広がっている。 ヒンメルン山脈を超えた東にはドンドルマという山あいに切り開かれた街があり、ミナガルデと同じくハンター達の一大拠点となっていた。 ドンドルマに直接行った事はないが、まだ見ぬモンスターの噂や、ミナガルデ以上に対モンスター戦を意識した防衛設備、そしてそれを運用する守護兵団の話など、興味そそられるものが多い。 だがドンドルマに行く訳ではない。 馬車はヒンメルン山脈の峠を超え、シュレイド城を目指すのだった。 不意に吐く息が白くなっている事に気付く。 これから先、寒さはより厳しくなるだろう。 毛布を体にかけ、もう一度体を眠りにつかせる。 多分またあの夢を見るのだろう。 目覚めれば堪えきれない罪悪感と悲しみに苛まれるだろう。 だがそれでも、せめて夢の中だけでも待ち人が彼女の元に帰る姿を見てみたかった。 希望のない奇跡を祈りながら、俺は瞳を閉じた。
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