2つの眼球

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 ヒンメルン山脈を越えて4日、ようやく馬車は旧王都シュレイドへ到着した。 その城門前で馬車は停止する。 これより先は自分の足で都市内へ侵入するのだった。 街を囲む巨大な外壁は現王都ヴェルドを思わせる。 いや、間違いなくこのシュレイド城こそが城塞都市の異名で呼ばれるヴェルドのルーツなのだろう。 街の端からでもシュレイド城は朽ちつつも物々しい姿を見せ、まさに城塞の名が相応しい。 そして城以外の建物でさえ、千年以上前に無人になった都市だというのに外壁、その他建築物の多くがその形を未だ残していた。 だが、かつての繁栄の痕跡を多く残すこの都市に生気はまるで感じられない。 主もなく佇む街並みは淋しいものであり、そして不気味でもあった。 ハーヴェルトの話ではこの都市自体が今回の狩場だと云う。 ここは東西シュレイドが互いに不可侵と決めた地域であり、一般人はおろかハンターでさえ立ち入らない都市内部は地形も完全に把握されず、主戦場を形成するのが難しい為であった。 都市内に入る前に荷台に積まれた木箱を開け、中にあるドラゴンSを装着する。 次々に異形の防具が身体を覆ってゆく度に、指先から全てに至るまでが自分の肉体になったような錯覚を覚えた。 そして、最後の兜を自身の頭部へ導く。 だが、本能が手を一瞬止めさせた。 そう、怖いのだ。 兜を持つ手は震え、額には汗が浮かぶ。 言葉でいくら龍兵と言われようとも俺にははっきりとした実感はなく、例えこの体の特異で、龍兵に酷似していると言われても俺は完全に認めてはいなかった。 だが、こうして黒龍由来の防具を身に纏ってしまったら、それは紛れもない龍兵そのものになってしまう。 「思い出せよ……ここに来た意味を」 ハンターであるフロストから人でありたいフロストへ、自身にその言葉を向けた。 一緒に戦うと言ってくれた仲間達を置き去りにし、愛した人を騙してまでここに来た意味を。 人であるためにここに立つのではない、赤氷と呼ばれたハンターとして今、ここに立っている。 決心を決め、俺は兜を装着した。 生気のなかったドラゴンSの瞳が俺の目を借り、蘇る。 もう心の中に、フロストはいなかった。
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