エピローグⅢ

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 獲物を狩るのに怨みは要らない。 ただ奪った命と自然に感謝の念だけを持てばいい。 かつてエリシアがハンターを始めたばかりの俺に教えた事だった。 その彼女も狩りの中で死に、殺意や怨みを剥き出しにしてその獲物を殺してしまった自分にはできなかった事だ。 ハンターとして求められる精神。 そしてそれは頭ではわかっていても難しい。 意図せずともハンター達を殺してきたラオシャンロンに怨みを持つ者は少なくない。 仲間を殺されて穏やかな者などいる訳もなく、虫の息となったラオシャンロンにその感情をぶつけるなと言ってもできるものではない。 「てめぇが――を殺したぁ!」 そう叫んだ一人のハンターがラオシャンロンの瞳にハンマーを振り下ろした。 べちゃりという不快な音と吐きかけられる怨み言を耳が意思に関係なく拾う。 次第に大きさを増す湿った不快音。 尚も殴打を続けるハンターを止める者はいない。 不快感を持つ者は俺の他にもいるだろう。 だが仲間を失った悲しみをぶつける彼の行いを誰も責める事はできないし、その心情も理解できる。 だがその行いはハンターのするべき事ではない。 そんな怨み辛みをぶちまける醜い光景があちらこちらで見られた。 「これだからリーアには見せたくない」 血と肉の甘い香りの充満するその中でぽつりと呟いた。 彼女は家族を殺した飛竜を私念で殺した。 だが彼女は仇を討ったそれだけで過去の怨みを清算した。 後腐れなく。 俺ならそんな潔くはできないだろう。 きっと醜い感情を剥き出しにするだろう。 だから彼女は俺達の様なハンターとは違う、真っ当なハンターであって欲しい。 「――これも仕事だ」 そんな台詞と共に嘆息が漏れる。 胴体より頭部へと繋がる長い首に龍刀の切っ先を突きつける。 未だ心臓へと空気を送りる為気管は動き続けていた。 この生命を絶つのが依頼なら俺はきっと殺す事ができる。 子供の頃に描いたハンター像とはだいぶかけ離れたものだ。 そう思うと自嘲に口元が歪むが罪の意識など微塵もない。 俺は切っ先を首の皮越しに気管へと突き刺し、力任せに刃を引き下ろした。
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