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二十数年前、 尚美は東京を目指し生まれ育った故郷である五弁花村(ごべんかむら)を飛び出した。 親や親類は東京に行くと言い出した尚美に大反対だった。 しかし尚美は親類の反対を押し切って自分の夢を追いかけた。 尚美の夢はカメラマンだった。 二十年以上前の東京でしがない女性カメラマンを易々と雇ってくれるような所があるはずもない。 尚美は仕事が見つからず仕方なく水商売で働いた。 その客の一人が川端英俊(かわばたひでとし)だった。 二人は交際し、尚美が美久を妊娠。 結婚に至った。 特に長い付き合いや深い縁があったわけでもない二人が続くわけが無かった。 美久が五歳になる前には両親は別居していて、今回の帰郷は尚美が二週間前に英俊と離婚したためだ。 美久は母親の実家がある事を知らなかった。 普通人間なら全員故郷を持っているのが当たり前なのだが、母親の口から実家の五弁花村の存在を初めて聞いたのは、両親の離婚後だった。 「お母さん。」 「なに?」 「おばあちゃんとおじいちゃんの名前、 私知らないんだけど…。」 「おばあちゃんって呼ぶんだから、 知る必要もないでしょ。 それと、おじいちゃんもう死んでるらしいから。」 「分かった……。」 美久は再び窓から顔を出して、長い長い溜め息を吐いた。 村での母親の評判は最悪に決まっている。 祖母や親類達でさえ私を暖かく迎え入れてくれるか危うい。 美久にとってこれ以上誰かに忌み嫌われるのは一番避けたい事だった。
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