4/5
63人が本棚に入れています
本棚に追加
/123ページ
道はいよいよ五弁花村の入口に差し掛かった。 道の脇に 『ようこそ!花の里・五弁花村へ』 と書いてある古い木製の看板が立ててあった。 周りは畑、畑、畑。 東京から車に揺られて四時間半。 本当に田舎に来てしまった感じだ。 畦道のような車がやっと一台通れる細い道を下って行って、 尚美はある民家の前で停車させた。 車のエンジンを切ると、二人の間に沈黙が流れた。 …………………。 尚美はハンドルを握ったまま動こうとしない。 目の焦点は合っていなくて、心此処にあらずといった感じだ。 顔は無表情で、感情の欠片も読み取る事が出来ない。 何を考えているのか分からない様子に、美久は緊張して自分の鼓動が大きくなってゆくのを感じた。 「まだ迷ってるんだよね。」 長い沈黙の後で、尚美はどこを見るでもなく、口を開いた。 「美久は誰の幸せを願う?」 「……分かんない。」 「私は私の幸せを願うよ。」 尚美は美久を真直ぐ見つめて言い切った。 「美久はさぁ、 何があってもお母さんの味方だよね?」 「……」 「お母さんの言ってる意味分かる?」 「………うん。」 「じゃあ、お母さんのこと好き?」 美久は零れそうになる涙を飲んで、言った。 「大嫌い。」 「うん。美久は良い子だね。」 尚美は微笑んで 美久の頬を撫でた。 「決めたの。」「しょうがないよね。」 尚美は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。 美久は黙って手荷物をまとめた。 小さめの赤い革のボストンバッグに、上着の薄手のトレンチコート。 美久はこれだけを手に持つと車から降りた。 運転席側まで歩いて、運転席に座る母親の真横に立った。
/123ページ

最初のコメントを投稿しよう!