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結局、良次は実梨に近づくことすらできないまま今日の授業は終わった。
気を取り直して、さっそく水泳部に入部しようと思っていた良次は、武に案内されて晴れて水泳部の一員となった。
「それにしても、ジョーが水泳部だったなんて意外だな」
校庭でストレッチをしながら、良次はペアを組んでいる武に話かけた。
「そうか?」
良次の背中を押しながら、武は首をかしげた。
「体格いいし、アメフトとかラグビーとかやってそうだと思っていたよ」
「うちの学校にはアメフト部は無いぞ?」
「まあそうだけどさ。よし、交代」
良次は立ち上がると、座ってストレッチを始めた武の背中を押した。
武の説明によると、この学校には女子水泳部もあるためプールは隔日使用になっているらしい。今日は女子がプールを使用するため、男子のメニューは体力作りのための走り込みになっていた。
他の部活動の邪魔にならないように注意しながら、水泳部は校庭の周りを走り始めた。良次も武と一緒に走っていたが、ふと見上げた先、教室の窓から誰かが校庭を見ているのに気がついた。
「…楠木さん?」
遠目に見ているためはっきりとはわからない。武は良次の呟きに気付くと同じように教室を見上げた。
「また委員長の仕事か。大変だな」
「やっぱり、楠木さんだよな?」
良次が確認の意味で聞くと、武は頷いて口を開いた。
「居残りさせられるときは、大抵あんな風に外を見ている」
「そうなのか…よく知ってるな」
「いつも見ているからな」
武が何気なく言った言葉に、良次は内心驚いていた。クラスメートとしての付き合いが長い分、良次よりも実梨について詳しいのは当たり前だと思うが、まるでそれ以上のことも知っている風な言葉に良次の心は穏やかでは無かった。
「…楠木のことだが」
「え?」
珍しく武の方から話を振ってきたため、良次は思わず聞き返した。武は気にせずに言葉を続けた。
「クラスの奴らはああ言っているが、悪いやつじゃない。だから、嫌わないでやってくれ」
「…わかってるさ」
他の男子と違って、武は実梨の良いところに気付いていたようだ。それにホッとすると同時に、武が実梨を気遣うのを見て良次の心に微かな不安が生じた。
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