転校生

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 やることも無かった実梨は、吉井から渡された紙に目を通していた。紙には吉井の字で、転校生の特徴が箇条書きで書かれている。  橘 良次。家族構成:父,母,兄。中学では水泳部に所属。水泳部入部希望。  ザッと目を通した実梨はため息をついた。 (橘 良次…男の子か…)  実梨は男の子が苦手だった。高校に入学してからもう半年近く経つのに、今日まで会話らしいやりとりはゼロ。話をしたとしても、クラス委員長としての事務的なやりとりのみ。  同性の女の子に対しては何も考えなくても普通に接していられるし、親しい友達もいる。しかし、男の子に対しては極端に無愛想になる。  異性だということを意識してしまっているのかもしれないが、どうしてそうなってしまうのかは実梨自身にもわからなかった。誰から見ても明らかな程にキツい、素っ気ない態度で接してしまうのには毎回反省していても、だからといって簡単に治るのなら苦労はしない。 (この橘君にも、嫌な思いさせちゃうのかな…)  実梨はこれから自分に案内される相手に同情した。本来なら案内するはずだった吉井は、今年やっと26歳になる若い教師で、生徒と歳が近いため話も合う面白い先生だ。若いため生徒達にからかわれることも多いが、困ったときは親身になって接してくれる吉井は生徒達に人気がある。吉井が案内していたら、きっとこの学校に対して良い印象を持ち、明日からの学校生活を楽しみにしながら眠りにつけたに違いない。  だんだん憂鬱になってきた気分を紛らわすために、実梨は席を立つと窓に向かって歩き出した。  窓を開けると、心地よい風が実梨の頬を撫でた。  実梨は眼鏡を外した。乱視混じりの近視は、文字などの細かいものを見ることが多い学校では不便だ。そのため学校で眼鏡を外すことはほとんど無い。眼鏡という戒めから解放された実梨は、目を閉じて風の感触を楽しんだ。  目を閉じると、どこかの運動部のかけ声や、吹奏楽部の演奏がリアルに耳に届いてきた。視覚が遮断されたため聴覚が鋭くなったのだろうか。そんな実梨の耳に、廊下から響く足音が聞こえてきた。  実梨がゆっくりと目を開けると、夕方の赤い太陽の光が目に飛び込んできた。目が眩んでぼんやりとしていた視界がはっきりしてきたとき、実梨の後方で教室のドアがガラッと開けられた。 「失礼します、転校生の橘です」
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