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気まずい。そう思っているのは良次だけではない。男の子と二人きりになることが全くと言っていいほど無かった実梨は、何を話したらいいのかわからず、ただひたすら案内に集中することで気を紛らわそうとした。移動教室で使用する教室や必要物品の置かれている場所など、できるだけ簡潔にわかりやすく説明するように努めていた。
そうしているうちに、校舎内の案内は一通り終了した。
「あの…プールってどこにあるのかな?」
良次が遠慮がちに尋ねた。良次の質問を聞いて、実梨は良次が水泳部に入部希望していることを思い出した。この学校のプールは体育館の裏側にあるため、校舎や正門からは見ることができない。良次は恐らくずっとプールを見たいと思っていたに違いない。
(私があんな態度とってたから、聞けなかったんだ…)
「今から案内します」
それならせめて、少しでも早く見せてあげたいと思った実梨は歩くペースを早めてプールに向かった。実梨が急に早足になった理由がわからず、良次は黙って後ろをついて行った。
二人はようやくプールの前に到着した。プールを見た良次は、その大きさに感嘆の声を漏らした。
「すげー!!前の学校より全然大きい!!」
良次は金網に手を掛けると、伸び上がるように中を覗き始めた。
この学校のプールは長さ50メートル、水深1.5メートル、8レーン。水泳部自体はそれほど強くないが、練習環境としては大分恵まれている。練習も終わり部員の姿も無いプールを、良次はまるでおもちゃを見つけてはしゃいでいる子供のように嬉しそうに見ていた。そんな良次を見ていた実梨は、不思議と先ほどまでの緊張が和らいでいるのを感じた。
「あ…ごめん、次行かなきゃね」
実梨の視線を催促のものと思ったらしい。良次は慌てて金網から離れた。その様子がおかしくて、実梨の顔に自然と笑みが浮かんだ。
「もう校内の案内は終わったから。他に気になるところはある?」
実梨自身が驚くほど穏やかな口調だった。良次も驚いたのか、返答に詰まっていた。
「えーと…もう無いよ。ありがとう」
その言葉を聞いて、実梨はペコリとお辞儀をした。
「お疲れ様でした。それじゃ」
そう言って実梨は立ち去ろうとした。
「あっ、楠木さん!!」
良次に呼び止められて、実梨は振り向いた。良次は少し照れた様子で、信じられないことを口にした。
「もう大分暗くなってるから、途中まで送るよ」
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