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おフサを連れ帰ったのを見て女衆はどうやら許してくれたらしく部屋に朝食を運び込んでくれた。きちんと二膳ある。
飯と汁に干物が乗った膳を前にしたおフサがそれらをいかに扱うかを見てはらはらとする。見た目は人でも中身は狐だ。食器に親しんでいるはずはない。
汁物の椀を取り、鼻を近づける。味噌の臭いを楽しむように安らいだ顔をしたが、ぴょこんと長い獣の髭が飛び出た。
思わず出そうになった声を飲み込む。女衆が食事の様子を見ているので声をかけるわけにもいかない。幸い髭に勘付かれる前におフサが気づき、着物の袖で人目から隠した。
「あら、ものを口にするのを見られるのは好かないのかね。ほんと先生には不釣合いなくらい品のいい娘だよ」
髭を隠した所作を思い違いした女衆はどやどやと部屋を出て行った。興味深そうな視線が残されていったものの、破れ障子が外とを隔ててひとまずおフサとふたりになれた。
「おい、無理がかかっているんじゃないのか」
もう髭はなくなっているが、おフサの表情はぎこちない。
「申し訳有りません。実を申しますとまだ長く姿を変えていることに慣れていなくて。それに、先ほどから新しいことばかりでつい心が乱れてしまうのでございます」
たくさんの人。見たことのないもの。おフサの話が本当なら町中へ入ったのは今日が初めてのはずだ。うまくいかないことがあっても仕方がない。
「そうか。あまり無理はするな。どうしても長屋の連中は君に構いたがるだろうから、食事が済んだら出かけよう。人目のないところであれば元の姿にも戻れるだろう。なあに、町を見物させるのだと言えば長屋の連中も疑いはせんだろう」
おフサはおフサが産まれる前から決まっていた“いいなづけ”であり、あえなく先々代を最後に浪人と身をやつした我が身の事情を知らずここまではるばる訪ねて参ったのだと長屋の連中には説明してある。半ばおフサへの同情の意味もこもり、納得してくれたようだ。
道すがら考えたでたらめをおフサの方も良案としてくれた。問題があるとすれば、狐と夫婦にならなければいけなくなった点だろう。
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