八幕 伝之介の部屋~貧乏長屋

3/9

2071人が本棚に入れています
本棚に追加
/90ページ
   女の少ないこの町では四十を過ぎても独り身でいる男は割にいるのだから焦る必要はなくとも、このまま暮らしていても誰かを娶るだけの実入りが望めるわけもなく、ここで一人前と見られるようになるのならなかなかどうして悪い話というわけでもないのかもしれない。単純に器量が良いというところも捨て置けない理由のひとつだ。  おフサはとにかくボロを出してはいけないとして長屋の入口で宜しくお願いと告げて以降は黙って頭を下げるに徹している。思えばその辺りも余裕のなさの表れなのだろう。  せっかく作ってもらったのだから、とおフサは箸に手を伸ばした。どこで憶えたのかそれも神通力のなせる業か箸の取り扱いに慣れているようで器用に干物の身を取り分けていき、骨だけを残して綺麗にたいらげてしまった。 「高田様は長屋の皆様にとても好かれておいでなのですね」  食後の茶を注いでもらいながら、そんなことを言われる。食事の世話を受けているところを見れば、なるほどそう思うのは無理もないことかもしれない。 「好かれていると嬉しいのだが、身の回りの世話をしてもらっているのは別の理由がある。私は見ての通りしがない浪人で、刀はぶら下げるだけで剣の腕はないが、読み書きとそろばんだけはどうにかできる。それをこの辺りの子供たちに教えてやっているからだな。授業料というほどたいしたことは教えていないが、手間賃をもらう代わりに長屋の者には面倒をかけている」 「左様でございますか、それで先生と」  頷く。そんな大それた身分でもないのでよしてほしいのだが、そう呼ばせておかないと今おフサがそうであるように家名で呼ばれてしまう。どうにも腰の辺りが落ち着かない。  
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2071人が本棚に入れています
本棚に追加