2071人が本棚に入れています
本棚に追加
/90ページ
長屋の連中にはいいなづけであると伝えたが、なにも本当に夫婦になるかどうかは実は迷っていた。ある日突然なるのが夫婦だとしても、常ならざる事情がおフサとの間にはある。果たして人と獣がひとつ屋根で暮らすようなことができるのかどうか。もしできないとわかった場合には、見限られたことにしておフサを 山に返してしまえばいい。そう考えていた。
そのことはおフサにも話している。どうしても一緒に暮らすのは無理だとどちらかが感じた場合には、そうやって決着をつける。それを承諾させたうえで、部屋に招いた。
「なんだい、こんな良い娘さんを相手に渋るだなんて贅沢だねえ。おフサさんだって、他に誰か見つけてそっちへ行ってしまうかもしれないよ。なにしろこの町には独り者の男なら掃いて捨てるほどいるんだから」
からかう吉兵衛におフサはつんとした顔で首を振った。
「私は高田様と一生添い遂げる覚悟です」
「随分と想われているね、先生。この色男!」
冷やかされ苦笑しながら分かれた。足はそのまま町へと向かう。
おフサは行儀よくうしろについてきているが、女連れで歩いたことなど経験がないので時々後ろを振り返ってそこにいるかどうか確認しないことには不安になってしまう。おフサは振り返る度に、柔らかい笑みを見せてくれた。
隣を歩かせればそれで済むのだが、個人的な感情がそれを許しても世間の目というものがある。一応侍の格好をした人間が横に女を連れているとなると、疑いはおフサにまで及んでしまう。どうせなら一人前の女として、きちんとした習慣を学んでほしい。
最初のコメントを投稿しよう!