十一幕 新居 夜

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   最後まで残っていた子供を見送り、足の泥落としに使っていた桶を片付ける。 「申し訳有りません。邪魔をしてしまいました」  畳に箒をかけているおフサが落ち込んだ声で言う。  確かに授業の間中子供たちが見慣れないおフサのことを気にして気を散らしていたのは事実だ。 「子供たちに気にするなと言ったところで無駄なことだ。今頃子供たちが君の評判を親に話しているだろうから、君が長屋に馴染むのも早くなるさ。馴染んでしまえば、今日のようなこともなくなる。そんなことよりちょっとこっちへ来なさい」  かめから桶に水を移し、手拭いをようく絞る。土間へ降りたおフサを床へ座らせ、履物を取る。 「あの、なにを」  戸惑う声は無視して足首の傷口を見てみた。ほとんど治りかけているようだが、今日一日動き回って土ぼこりで汚れている。 「そのようなことでしたら、自分で致しますので」 「病気やけがをしたときには、甘えておくのが人というものだ。その代わり早く直るよう努め、誰かが同じように病気やけがをしたときに助ける。そういうものだ」  そういうと観念したらしく抵抗をやめた。洗い終わった傷口に汚れが触れないよう包帯を巻いていく。 「君がここに暮らすうえで、なにをしたらいいかはおサキさんに聞いてくれ。私も助けられている立場だから、今日から君の分もよろしくとは言えない」 「私でお役に立てることであれば、骨は惜しみません」 「くれぐれも正体がばれないようにしなくてはな」 「重々、わかっております」  手当てが終わり、部屋の中を探索してみることにした。一階は土間から床の間のある畳敷きと、階段や押入れのある廊下。そして二階には納戸にできそうな板の間ともうひとつ畳の間。吉兵衛の言ったように二階の畳の間に箪笥と衣紋掛けが残されていた。  黙って手を合わせる。身に過ぎる扱いだ。心の内まで悟ったかどうかは定かではないが、おフサも横で同じようにしながら目を閉じていた。  
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