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階下で声がする。降りてみるとおサキだった。
「夕食の支度をするのに、ちょっとおフサさんを借りたいんだけど、いいかい?」
おフサに嬉しそうな顔で見上げられる。先程言った通りその気はあるようだ。
「もちろん、そういうことでしたら好きに使ってやってください」
おフサはおサキに連れられ、大仰に頭を下げてから出て行った。
二階の窓辺に立ち、伸びをする。直に日が沈みそうだ。他のものは後回しでいいが、行灯だけは用意しておかなければいけない。
気づけば昨日の晩におフサが来てからは、厠に行くでもない限りはずっとおフサと一緒にいた。
はてと思い当たる。おフサの方は厠へ行っていない。獣がするように道端でやっていたような記憶もないし、下の方は一体どうしていたのか。
ろくでもないことで悩んでいると、窓の下、長屋の通りをおフサが小走りにかけていった。長屋の裏、厠のある方だ。
なるほど。納得すると同時に反省する。要は我慢させていただけのことだろう。これから仮にも女と住むのであれば、なにかとそういった面にも気を遣うようにしなくては。
しばらく本を読んでいると階段を上る足音が聞こえ、襖を開いておフサが顔を出した。
「お食事の用意ができました」
なんだか元気がないように思う。返事をして下へ行くと、言う通り膳が用意されている。しかし魚が黒こげだ。ぎょっとした顔を見られたのだろう。土間にいたおサキが大笑いした。
「すまないねえ先生。なにしろ全部焦がされちまってさ。堪忍して食べておくれ」
「申し訳ございません」
おフサが泣き出しそうな顔で深く頭を下げた。
「謝るこたないさ。おフサさんは先生のお家の事情は知らなかったんだ。武家に入ろうって嫁なら、花嫁修業もなかったんだろう」
元々叱るつもりなどなかったうえに、おサキに痛いところを突かれてなにも言えなくなった。女中を雇えるような身分なら、こんな苦労をさせることもなかった。
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