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沸かしてもらった湯で体を拭く。本来なら湯屋に通うところだが、おフサをひとりで出すには心配なので無理をして湯を沸かした。
おフサは早速おサキに教わった妻としてのあれこれを実践しているようだ。今は二階へ荷解きにかかっている。荷解きというほどの物でもなく、わざわざ箪笥を使うまでもないと放っていた荷物だがおフサの方がそれでは済まなかったようだ。尽くそうとしてくれているのであれば、なんでも好きにさせたいと思う。
浴衣に着替え、湯をそのままにして二階へ上がる。丁度作業が終わったところらしかった。
「まだ温かいから、君もお湯を使うといい」
「はい、では遠慮無く」
しおらしく頷いて下へ降りていった。かと思うとすぐに上ってきて襖が開く。盆に一合徳利と杯を載せている。徳利も杯も、うちにはなかったはずのものだ。
「吉兵衛様に頂きました。引越し祝いという事で、高田様にお渡ししても受け取らないだろうから代わりに、と」
引越し自体なにからなにまで吉兵衛の世話になっているのにその祝いもなにもないものだ。絶対に受け取らなかっただろう。それを読んでおフサに渡したのだろうから、なんとも商人らしいやり方だ。
「それで、おサキさんあたりに勧められて受け取ったわけか」
ため息とともに吐き出すと、おフサは驚いた顔をして盆を取り落としかけた。すかさず頭が下がるが、出てくる言葉は遮った。
「今更仕方ない。重々礼は言ってくれたんだろう」
「それはもちろん」
盆を引き寄せて杯を取ると、早速おフサが徳利を取って注いでくれた。
「ありがとう。あとは自分でやるから、汗を流してきなさい」
再び下へ降りていくおフサの足音を聞きながら、思い当たる。夜をどう過ごすか。
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