十一幕 新居 夜

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   昨晩は正体がなくなるまで酒を飲んだ。そのおかげで間違いは犯さずに済んだ。いや、今や周囲の者には夫婦となる旨は伝えてある。ことに及んだところで間違いということにはならないだろう。しかし人と狐だ。ことに及びようもないかもしれない。神通力で人に化けているとはいっても、どこまで化けているかは知れない。  酒を口に運ぶものの、昨夜と違い一向に酔いが回らなかった。かすかに階下から水音が聞こえてくる。今、おフサが逸し纏わぬ姿で身体を洗っている。  喉が鳴った。顔や腕くらいでしか見ることの出来ない肌はどこまでが白く美しいのか。手当ての折に触れた足の熱と柔らかさ。頭の中がひとつで埋まる。  水でも飲んでいるような気持ちで酒をぐいぐい飲んでいると、襖が開いた。心の臓が飛び上がった。 「お湯、いただきました」  板張りから頭を下げるおフサは白の浴衣を着ていた。それも神通力であろうが、着替えたようだ。髪が湿り気を帯びて光っている。体を起こして見せた顔を夜の明かりが照らしますます白く見せた。そしてすっかり日が落ちて月明かりが差し込んでいることに気づいて驚く。考え込んでいる間に暗くなり、行灯に火を灯すのも忘れていた。  てきとうに置いておいた脱いだものをおフサが畳んでくれている間、待たれているような気になった。なにか声をかけなければいけないような気になった。 「おフサ」 「はい、なんでございましょう」  次が出ない。おフサはもう何度も己の覚悟について言っている。この期に及んで拒むようなことはないだろう。  四半時待たせてしまったのではないかとまごう間のあと、どうにか口が動いた。 「飲みすぎた。厠へ行ってくる」  
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