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出る際のおフサの微笑が気になり、小便は済ませたものの戻る足を渋っていた。井戸端に立ち、迷う。かといってこのままここにいて誰かに見つかりでもしたらそれもまずい。けして相談できない悩み事だ。
長屋にはつき物で見慣れているはずの稲荷になにやら脅かされているような気持ちになった。無精をして井戸端から手を合わせる。
どう転ぶにしろ、滞りなく済みますように。
部屋に戻り、二階へ上がり襖を開けるとただでさえ重かった足が動かなくなった。
見慣れた汚い布団の上に、枕がふたつ並んでいる。おフサは布団の傍らで平伏していた。
「人の夫婦がどういうものかはわかっているつもりでございます。高田様に妻として扱われましたなら、私にしましても無常の喜びと言えましょう」
真に迫る口調だ。これまでもおフサが一度たりとも冗談めかした態度を取ることはなかった。
「私の身体のことでしたら、ご心配には及びません。人に化けている以上、私の身体はまさに人でございます。他の女子と同じように扱っていただいて構いません」
その女子を扱ったことがないのだとは口が裂けても言えない。しかしそれならば本当にまったく気を遣わなくてもいいのだろうか。
部屋に入り、おフサの前に進み出て屈み肩に触れると腕が震えた。てっきり自分が縮み上がって震えているものだと思ったら、震えているのはおフサの方だった。
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