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「君、もしや覚えがないのか」
わずかに持ち上げた首が頷く。
「百年の間一度もか」
声に出すつもりはなかったが、思わず出てしまった。
「お恥ずかしながら……わけを申しますと、私が結ぶべき相手に出会わなかったのでございます」
それが百年通じてそうだったというのなら、呆れる程の気位の高さだ。
「しかし、それで、私でいいのか」
もう一度頷かれる。男冥利に尽きる話だが、不思議な気持ちだった。
「やめた」
肩に置いていた手をどける。さっと上がったおフサの顔は不安に満ちている。
「そう案じなくとも追い出したりはしない。いやなに、百年も続いた頑固者を私の邪心だけで破ってしまうのもいかがなものかと思うのだ」
「私は、頑固で続けたわけではございません」
食って掛かるような勢いがついた。手のひらを広げて、その勢いを和らげる。
「私は君の震えが止まるのを待とうと思う。だから君も私に度胸がつくのを待ってくれないか。その頃にはきっと、君はもう立派に人として暮らしていることだろうな。そうなれば私に必要な度胸も減るだろう」
「それでは、高田様が私を狐とは思いもしないようになるくらいになってから、ということでございましょうか」
消沈したかのように、おフサの口調から勢いが消えた。
「そうなってくれたら私は随分楽だという話だ」
おフサは拗ねた表情を見せた。初めて見る顔だ。
「今日おサキさんの言っていた“いけず”の意味がわかったように思います」
苦い言葉をぶつけられ、笑みでごまかしにかかる。
「もしそれが嫌だというなら、出て行ってくれても構わない。しかし、君が望むなら、望むだけここにいてくれて構わない」
「それもずるいではありませんか。高田様は、私に出て行く気などないことはご存知でしょう」
責める口調とは裏腹に、おフサの顔つきは和み瞳は潤んでいる。
「高田様、私たちが“狐”と呼ばれるようになった由縁について、ご存知でしょうか」
問いに、首を振った。頷いてそのことを持ち出せば、妙な決心がついてしまいそうだったから。
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