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指南所に看板を掲げての一日目の授業。いささか困った事になった。
子供に教える内容は奉公に出る先で違い、書面の作り方を主に教えるが今日初めて来る子供の中に武家の子供がいた。
自分も一応は武士の身分でありながら武家の子供を相手にするのは初めてのことで、どうしていいやら見当がつかない。
悪い事にその手の教本も手元にはなかった。
さし当たっては全般に共通した振る舞いについて教育しておくか他の手段を講じるか悩んでいると、表で早速馴染んだ子供らにおフサが囲まれているようだった。
目ざとい子供がおフサが料理もなにもできないことを知っていてそれをからかい、更に聡い子供が武士の元へ来た嫁なのだから炊事などできなくとも不思議はないと諭した。
なら踊りや唄など芸ができるだろうという話になる。
これは助け舟を出した方がいいだろうと表に出ようとすると、声音の優しい歌声が聞こえてきた。
おフサが人のうたう唄を知っているわけは、その唄がなにかに気づくことで理解できた。
懐かしい故郷の唄だ。私が釣りをしながら口ずさんでいたのを、どこかで聞いていたのだろう。
聞いているだけで故郷の景色が目に浮かんだ。
子供たちは声を出して喜んでいる。
おフサが長屋に溶け込めるかどうかで悩む必要はもうなさそうだ。
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