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どうにか授業を終えることができ、おフサの方もおやつを出すなど立派に勤めを果たした。
満足感に浸っていたせいで、すぐそばでにこにこしているおフサが出かけるのを待っていることには気づくのが遅れた。
「出かけるか」
さもわかっていたかのように言いながら立ち上がり、白々しさを感じさせなかったか不安を覚えると同時にひとつ問題に気づいた。おフサの着物だ。浪人者の妻としては高価に見える。
「邪魔するよ!」
大きな声を出して、おサキが入り込んできた。風呂敷包みを提げている。
「おフサさん、普段の着物持ってないんじゃないかと思って持ってきたよ。
長屋の連中から集めたもんだから余計なお世話だろうけど使ってやっておくれ!」
風呂敷を畳の上へ広げると若い娘らしい柄の着物と帯が数枚出てきた。
新しくはないが丁寧に繕われ大切に使われていたことがわかるものばかりだ。
「いや、ここまでしていただくわけには」
「いいからもらっときな。それから」
袖を引っ張られ表へと連れて行かれる。なにやら有無を言わさない調子だ。
「おフサさん、家出同然でここへ来たんだろ?
高そうな物着てる割に嫁入り道具のひとつもないのは妙だもの。
あんた、絶対に幸せにしておやりよ」
はあと気のない返事をしてしまい尻を叩かれた。
「しっかりおしよ!」
豪快に笑いながら立ち去っていく。
息をついて、部屋に戻ると着物を前にしてフサが弱っていた。
「こんなにいただいていいのでしょうか」
「構わないからいただいておきなさい。あとで深くお礼を言うのを忘れないように」
ちょうど着物のことを考えていたことなので渡りに船というものだ。
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