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「獣の春、でございますか」
考えあぐねた結果出てきた言葉を繰り返し、おフサは小首を傾げた。
「子作り、ということでございましょうか。そうでしたらなにもあそこで帰らずとも」
おフサは畳にのの字を書いている。私は手を振った。
「そうではない。子を宿すのが目的ではなく、その行いを楽しむところだ」
怪訝な顔が言ったことを理解できずにいるのがわかる。
「人とは不思議なものなのですね。
獣にとってのそれは、あくまでも種を残す手段でしかありませんが」
「後継ぎの問題では人も同じようなものだが、男と女が寄り添えば、そこには心があるものだ」
「高田様は、そういうお心が働くことはございませぬか」
袖で顔を隠しながら言われ、続けるつもりでいた言葉が喉へかかった。
「それはその、またの機会に答える」
なんとも情けない返答だったが、おフサは神妙に頷いてくれた。
咳払いをして、続ける。
「あそこにはそういうことを商売にする女が山ほどいて、あの一角全体がそれを支えるために成り立っている。
ああいった場所へ出かける男の目的は様々だが、浮世のことを忘れてひとときの夢に浸るためというのは共通したことだ」
「――お待ち下さい。それでは、あの場所にいる女はどうなるのです。
殿方はひとときの夢から覚めて浮世へ戻る。それでようございましょうが、あの場所にいる女はどうなるのです」
短く息を吐いた。最も説明に困る部分だ。
「浮世を忘れて、と言ったが、あの門の先は本当にこの世ではないと思った方が合点もいくだろう。
男にしてみれば極楽かもしれないが、あそこで己を売ることを生業としている女にとっては、地獄と言えるかもしれない。
身売りされ、あそこから出られないまま一生を終える、または病に倒れたり殺されてしまうこともよくあるようだ」
おフサは唇を締めて堪えていた。言いたいことを、納得できないことを堪えている。
「人が嫌になったか?」
首を振る。が、それは力の抜けたものに見えた。
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