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小屋に近づく。
左手は刀の鞘においてある。
いざとなれば、すぐに抜ける状態だ。
オレは小屋の扉をノックした。
『失礼する。ここにアージュという男がいると聞き、やってきた』
沈黙。
居ないのだろうか。
もう一度、ノックを試みようと右手を握った時。
『アージュという男はもう居ない。ここにいるのは、ソイツの成れの果てだ』
扉の中からの返答は、オレに会う事を拒否したいという心情を表したようなモノだった。
だが、『ソイツの成れの果て』という事は、元アージュである事をも表している事になる。
そうだとすれば、このまま帰る訳には行かない。
『アデルという男から手紙を預かった。読んでくれ』
オレは扉の下に手紙を差し込んだ。
『アデル……だと?』
手紙が内側に引き込まれる。
紙の擦れる音がして、静かになった。
『剣を捨てた男が、今さら私に頼ろうと云うのか……』
扉の中で、ドンと音がした。
気配から察するならば、床板か壁かを拳で殴ったのだろう。
アデル師は、とりわけ仲の悪い剣術士を頼ったのだろうか?
友好的には見えない。
オレがそんな考え事をしている時だった。
突然、扉が開く。
中から現れたのは、片目を眼帯で隠した男だった。
脂ぎった髪の毛は天に向けて結わえられ、異国の武神を思わせるような威圧感を纏っている。
その手には、剣。
見るからに異様な雰囲気を醸し出すそれは、おそらくは説明出来ないほどの切れ味を誇るのだろう。
『貴様がアデルから刀を習ったというのなら、その腰の重りは偽物ではあるまい』
オレの腰に差された刀を指差す。
『試してやろう。貴様がヤツから教わった術を、見せてみろ。手を抜けば、命を落とす事になるぞ』
ギロッと睨まれる。
(冗談だろ……? オレはここで倒れる訳には行かないんだぞ…?)
この展開は、さすがに想定していなかった。
刀を抜く。
男はその刀を見る。
『ほう……千草か。それを寄越したという事は、それなりの腕とヤツは認めた訳だ……面白い』
男はニヤリと笑うと、剣を抜いた。
紅い柄に、紅みがかった両刃。
それでいて刃は左右非対称で特殊な形状をしている。
まるで鮫(サメ)か何かをイメージしたような……そんな印象を受ける。
明らかにそこらで売っているモノとは違う、切れ味の鋭そうな剣。
その刃が、オレを捉えて怪しく光っている。
男は構えた。
『さぁ……来い!』
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