堕落の勇者

32/38
前へ
/81ページ
次へ
怪しく光る刃が、オレを捉える。 じりじりと、お互いが距離を詰めていく。 開始の合図は無い。 すでに、始まっているのだから。 『どうした? こないのか? そちらが来ないのなら、こちらから行くぞ』 男が余裕の笑みを浮かべる。 (挑発、か……?) とある剣士は、果たし合いにわざと遅れ、頭に血の昇った相手をさらに挑発し、怒り狂って隙ができたところをついて勝利を果たしたらしい。 伝説は、時には役に立ち、時には眉唾だけで終わる。 オレが今、挑発に乗ったのならば、怒り狂って剣士と同じ運命を辿るのだろうか? 生憎だが…… (オレは、ここで負ける訳には行かないんだ……!) 男が剣を振り上げる。 『どらぁぁぁあ!』 突進しながらの突き出し。 オレは慌てて横に逃げる。 そして、オレを追っての凪ぎ払い。 刀で受ける。 (つぅっ……) 勢いを殺しきれず、顔の数ミリ手前まで剣が流れてくる。 髪の毛が数本、切れて落ちた。 バックで宙返りをし、距離をとる。 男は余裕の笑みを崩さない。 (今度はこっちの番だ!) オレは刀を握り直すと、男の懐へ突っ込んだ。 右腰から左肩にかけての袈裟斬り。 だが、相手は軽々と受け止める。 一旦刀を引き、流れるような動作で、今度は左腰へ叩き込む。 だが、それも軽々と受け止められる。 瞬時に体を回転、脛を狙って蹴る。 しかし、それが当るよりも早く、男は距離をとっていた。 『悪くない……。悪くないが、貴様の術には踏み込みが無い。どんな術を使っても、簡単に受け止められる』 男の冷静な解析に、オレはゾッとする。 必死に攻撃を繰り出したにも関わらず、相手には蚊ほどのダメージも与えられない。 余裕な姿勢を崩す事すら出来ない。 『そして尚且つ、無駄な動きや力の入れ方がわかってないせいで、本来の力が発揮できず、無駄に疲れる』 男は鞘に剣を納める。 『良いだろう、ヤツの依頼を受けてやる。私のやり方で貴様を鍛えてやろう』
/81ページ

最初のコメントを投稿しよう!

397人が本棚に入れています
本棚に追加