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夕暮れの森林で、オレは剣を振るう。
それを受け止めるアージュ(?)。
もちろん、地面は踏みしめ、出来る限り『踏み込み』が強くなるよう意識して、剣を振る。
わかったのは、ただ地面を踏みしめて剣を振るだけでは、テンポがズレてあまり重い剣技にはならない。
腰を落とし、手首を使い、肘や肩で上手く衝撃を和らげ、尚且つバネのような瞬発力を発揮する。
無駄に力を使ったりはせず、それは今までに意識した事も無かった『演舞』に似ていると想った。
そして、受けるアージュ(?)は、余裕こそ残っているモノの、時折驚いたような顔を見せる。
『……むぅ……』
そして唸った。
『よし……訓練、終わり!』
受けとめながら言う。
(……えっ?)
だが、訓練目標は達成していない。
相手に怪我を負わせる。
『オレはまだ、アンタに傷を負わせてないぞ』
剣を下ろしながら聞く。
アージュ(?)は笑った。
『ああ……あれは冗談だ』
『なに……?』
まさか、コイツが冗談を言うとは思わなかったが…。
だが、アージュ(?)は既に剣を鞘に戻している。
どうやら、どうあっても今日は終了らしい。
オレも剣を鞘に戻しながら、ふと想った事を聞く。
『アンタ……名前は? アージュというのは旧名なんだろう? 今は?』
オレの質問に顔を背けてしばらく黙り込む。
(何だ……? 何かあるのか?)
男はため息をついた。
そして、右目を隠した眼帯を撫でる。
『シュトーレン』
呟くように、ただそれだけを言うと、小屋の方へ歩いていく。
特に聞き覚えがある訳でもないが、名前に何か曰くがあるのだろうか?
とにかく、以後は彼を『シュトーレン』と呼ぶ事にする。
………………………
『なぁ、自給自足なのはわかるが、ドラム缶は無いんじゃないか?』
シュトーレンの小屋は、極限までアナグロニズムだった。
というよりも、とてつもないケチで、自分が修理できるものでなければ必要としない。
ついでに言うなら、小屋自体も自分で建てたのか、妙に不細工である。
オレは、湯を張ったドラム缶に入っていた。
これが風呂というものだと信じるには、一度人間を辞める必要があると想うのはオレだけだろうか?
『文句があるなら、川で水浴びをしてもらう事になるぞ』
お手製の釜戸で、くり貫いた石の器に水と、キノコやら木の実やらを入れながらシュトーレンは答えた。
オレの頭に『野性児』という文字が浮かんだのは言うまでもない。
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