堕落の勇者

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オレは夕暮れの森の中、素振りをする。 アレから腹の痛みはだいぶ引いたが、あんなにも早く勝敗がつき、負けた事に受けたショックはなかなか消えない。 『勝てる』とは最初から思っていなかった。 だが、あまりにもあっけなく、それが悔しかった。 (ヤツの強さには敵わない……だが、オレと何が違う?) 細かい部分を挙げれば、いくらでも違いはある。 もっと大雑把に、大きな違いがドコかにあるはずなのに、わからない。 まるで雲を掴むような話だった。 (ヤツの剣技は重い。だが、オレも腕を上げてきているつもりだ……。何が……) 剣を左に凪ぎ払う。 剣自体に大した切れ味は無くとも、風を斬る事はできる。 勢いを反転させ、逆袈裟斬り。 風を斬る。 (そういえば、ヤツの剣技は一振りの度に服が切れるな……) ボロボロの袖をみた。 度合いがあるとすれば、昨日よりも3%増、と言ったところか。 (このままでは、訓練が終わる前に素っ裸にされちまう!) ……文字だけを読むアンタ達にはどうでも良い事だろうが、オレにとっては一大事だ。 『裸の勇者』なんて誰が信じられるモノか。 (………) オレはため息をついた。 草の絨毯に座る。 青々と茂ったソレらの一部をむしる。むしりとられて尚、青々としている。 まだ生きようとしているのだ。 オレが指を開くと、風に流れていった。 剣は生けるモノの命を奪うモノだ。 生けるモノは、その脅威に晒されながらも生きていかねばならない。 では、脅威とは剣だけなのか? オレは頭を振った。 それはただの形でしかない。 剣でなくとも、斧、鞭、槍……原理はすべて同じで、物理的な攻撃だ。 形を成す以上、物理的なダメージを受ければ崩れてしまう。 皮肉にも、戦士は常にそれを磨かなければならない。 (………?) 脅威は物理だけか? いや、違うだろう。 世の中には、物理以外で脅威の的となるものもある。 (……魔法……) ふと、頭に浮かんだ言葉だった。 『オレは戦士じゃない、勇者だ。勇者は魔法を使う事ができる!』 魔法なんて、使った試しがない。 それでもオレは……。 手をかざした。 (もしも、オレにも魔法が使えるのなら…) 頭を振る。 (いや、きっと使える!) オレは息を吸い込んだ。
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