天才魔術師の仕事

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朝のうちに街を出た。無論、報酬の件も王に約束してもらった。当然だ。俺は勇者のような偽善主義など持ち合わせてない。魔術師であり、冒険者であり、旅人でありと、俺には金が必要な理由が多いのだ。 ひらすら南に向かって進んでいる。間違ってはないはずだが、やはり不安は残る。その理由は、街道がないということ。街道頼りの旅を続けてきた俺だ。不安にもなる。過去に一度だけ街道も何もないところを歩いたことがあるが、その時は大いに迷った。地図もあまり役に立たなかった気がする。 果たして、俺は方向音痴なのか、どうなのか。そんなことを考えるということは、心の奥底では自覚しているからではないか。……虚しくなってきた。もうこの話は終わりにしよう。 王は半日で着くと言ってたはず。朝に出発して、今はもう夜で、村一つ見つからなかったぞ。まあ、考えても仕方がないので、今日は野宿することにした。 焚き火を見ていると、嫌なことを思い出す。俺の生まれ故郷。どこにでもありそうな小さな村。家族や友達と過ごした平和な日々。突然の魔王の出現。魔物の襲撃。家が燃え、人が死ぬ。見慣れた人たちの見たくない姿。 「…………」 俺は心に残る思い出を打ち切り、横になった。数え切れない数の星が漆黒の空を静かに照らしている。綺麗だ。このまま眺めていようかと思ったが、その前に眠気が襲ってきた。 翌日。早くに目を覚ました俺は、携帯食料の肉を頬張りながら村を目指した。味わうほど美味しくはない。高級宿屋の食事とでは、天と地ほどの差がある。 昼頃だろうか。ようやく村らしきものが見えてきた。一日以上かかったじゃないか。王の間違いだと決めつけておく。 一見して普通の村だった。村人の姿も見受けられる。試しに入ろうとしたが、やはり封印されており、見えない壁のようなものがあった。入り口に立て札があった。そこには『アランの村』と書かれている。なるほど、勇者の村だな。さらにその下には『入れるものなら入ってみろよ』と。実に幼稚な挑発だ。これが世界を救った勇者なのか。会ったらまず礼を言う。次に殴る。誰にも文句は言わせん。 頭の中で立て札の幼稚な挑発に乗っていると、村の中から俺を見つめる視線に気づいた。十代前半ぐらいの少年だ。何が面白いのか、ずっとニヤニヤしている。 「入れるものなら入ってみろよ」 そいつは立て札に書かれたことをそのまま声に出しやがった。
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