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キマイラは咆哮一つ、異形の群れに突撃する。
戦闘はキマイラに任せ、自分は羽ばたき一つで聖堂の尖塔の上に上がった。
「さってと。何処にやったっけなぁ…………あ、あったあった」
パラケルススはポーチをまさぐると、透明な液体で満たされた手の平サイズの小さなフラスコを取り出した。
コルクの栓を引き抜くと、家の周りに円を描くように中の液体をブチ撒けた。
フラスコの大きさに見合わない量で、明らかに質量保存の法則その他諸々を無視している。
「うぎゃあっ!!」
この雨の中馬鹿正直に異形と切り結んでいたロキが、再び意味不明な悲鳴を上げた。
フラスコに入っていた液体の一部が顔に掛かったのだ。
「何でいきなり聖水なんか撒くんだよ!?」
「この場合は結界を張った方が利口ですよ。結界の中なら雨も降らないし攻撃も届きませんし」
「………あ」
「早く結界域に入って来ないともしもの時に退けませんよ?尤も、忠告を無視した貴方が馬鹿正直に戦って倒れるというのなら、僕に火の粉は降り懸かってきませんが」
笑顔で言い切るとパラケルススは詠唱を始めた。
聖水によって頬を火傷したロキは焦って異形を振り切り、円の中にダイヴした。
半瞬遅れて雨が止んだ。
ロキを襲おうとした異形共が、見えない壁に弾き飛ばされる。
聖水の円を境目に、異形は入って来ない。
入れないのだ。
とりあえず既に結界内に入り込んでいた異形の掃討を目標に、ロキは身の丈程もある大剣を振り抜いた。
パラケルススは戦わない。
ロードやロキに比べて、近接戦闘には向かないのだ。
ただ援護してくれるだけ。
十三年前の戦いで、愛剣を失った事も一枚噛んでいるのだが。
その腰に下げている新たな長剣は、人間が使うような大量生産の安物でもただの飾りでもないだろうに。
なにしろ、魔鉱石の中でも一際鈍い輝きを持つアマルガム製だ。
アマルガムは水銀特有の高い柔軟性を持ちながら、加工すればかなりの硬度を誇る水銀合金だ。
そんな物で作られているのだから、宝の持ち腐れでしかない。
ロキからすれば、『使える物は猫の手でも使え』だ。
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