箱の中

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同僚はビールだっていうし、上司はパチスロらしい。 一日、仕事終わりの楽しみは人それぞれだ。 私の場合は、本屋。 ぐったり疲れて、汗まみれでボロボロの雑巾みたいな格好で毎日本屋に行く。 良いじゃないか、アルコールよりギャンブルより私は文字が好きなのだから。 週刊誌は毎日必ず一種類は新しい物が本棚に並ぶし、出版社ごとにコミックスの発売日は違うし、小説をいくら読んだって、物語は私の自由時間と速読と財布の中身では追いつけないほど次から次へと量産される。 溢れかえる文字と情報の世界に、本屋へ行く度私は不思議な眩暈を覚える。 ああ、読んでいない物語がまだこんなに。という贅沢な幸せにうっとりして。 いくら自分で下手な文字を書き綴ろうと、この中の物語のどれ一つにも私の言葉は勝てやしないのだろうという悟りにも近い諦めと。 くるくるする思考に、ぐるぐる眩暈を覚えながら今日私が欲するべき極上の一冊を求め時間をかけて背表紙と睨めっこしていく。 時間にして毎日平均一時間ほど。 書店員には恐らく変な客として認識されているだろうが、きっと多めに見てもらえるだろう。 少なく見積もっても……毎月平均して福沢諭吉三人分は店の売り上げに貢献しているのだから。 本日も好きな作家の新刊を見つけ、嬉々として手を伸ばしたその時だった。 ジーンズのポケットで、携帯がけたたましく電子音を張り上げた。 隣で時代小説を立ち読みしていた青年が、小さく咳払いをして横目でこちらを睨む。 慌てて携帯を引っ張り出す。ディスプレイには『お母さん』と表示されていた。
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