箱の中

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「もしもし?何、どうしたの?」 通話ボタンを押し、小声で応対しながら無意味に身を屈めつつ本屋を飛び出した。 「あんた、もう仕事終わったでしょ?今どこにいるの、また本かCD?」 「うん、本屋」 「本当に無駄遣いばっかりして」 受話器越しに母の盛大な溜息が聞こえた。 二十歳を遥か昔に超え、四捨五入したら三十路の年齢になっても、彼女は私の金銭面について小言を始終零す。 確かに低賃金労働者だし、実家パラサイトだけど。 でもきちんと家に相応の金は入れているし、貯金もしているのだからそろそろ自由にさせてくれと言いたい。 が、電話口で言い争うべき問題でもないだろう。 第一、 ここは天下の往来だ。 ぐっと反論を飲み込んだ。 「で、何なの一体?」 「うん、母さんね今日職場の飲み会があって帰り遅くなりそうなの」 「へぇ、珍しい。お酒飲めないくせに」 「久しぶりに集まる懐かしい知り合いもいてね。二次会行かないでコーヒーでも飲んでお喋りしない?って流れになっちゃって……」 「はいはい、解った。じゃあ今日は帰り遅くなるのね。夕飯、私が作れば良いんでしょ?」 「ごめんね栄。そうしてくれると有り難いの」 「いーよいーよ。たまには羽伸ばして来てよ。父さんと婆ちゃんには私から伝えとく。うん、じゃあね」 電話を切って、財布の中身を確かめる。 OH!ジーサス!晩御飯の材料分くらいしかないや! 軽く悪態を吐きつつ私はスーパーへと歩き始めた。 明日まで、今日買うはずだった新刊本が残っている事を願いながら。
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