箱の中

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家に戻ったのは7時前。 真っ暗な玄関の扉を開け、とりあえず庭先の外灯を点けた。 「ただいま~!」 玄関で声を張り上げるも、誰の返事も無い。 リビングと台所も無人。 BGM代わりにテレビの電源を入れる。全然知らない若い少年たちが、いかにもなポップソングを歌っていた。 冷蔵庫を漁り、適当な材料を引っ張り出す。 流しで野菜を洗っていると、ぬっと父が姿を現した。 「栄、帰ってたのか」 くたびれたスウェットの上下。手にはハードカバーの小説。作者名から判断するに、彼の好きな社会派サスペンスか何かだろう。 父は数ヶ月前に定年退職を迎えた。 以降、家でごろごろしながら本を読むばかりの日々だ。 暇だけは膨大にあるくせに、家事を一切手伝おうとせず。 なので最近母はぼやいている。 娘も旦那も一向に役に立たない、と。 「父さんさぁ、暇ならお米くらい炊いておいてよ。いまから炊飯器のスイッチ入れたら一時間のタイムロスなんだから」 「なんだ、母さんまだなのか?」 「うん。仕事場で飲み会だってさ。たまにはあの人も家から開放してあげないと爆発しちゃうから良いんじゃない?」 「いえからかいほう」 父は歌うような口調で私の言葉を反復し呟く。 実際彼も解っているのだろう。母が開放されたがっているのは「家」じゃなくて「あの人」からだ。 それは私も一緒。 両親や妹ならば別に構わない。 ただ「あの人」からは解放されたい。母どころか妹だってそう思っている。 明確に口にしないのはそれが父の母だからに他ならない。 父の母。 即ち、祖母。 私は、私たちは、彼女から解放されたい。
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