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そのときは訪れた。
梢は叫んだ。
いや、叫ぶことしか出来なかったのか。自分の狂気に狂喜して、人間の理性は凶器に早変わりした。自分をズタズタに切り裂くそれに抵抗する術はなかった。だから叫んだ。叫ぶことをしなければ、湧き上がる何かを抑えることが出来ないだろうから。梢は涙を流していることに気付かないでいる。それほどまでに自分という輪郭が曖昧になってしまっている。叫んで、叫んで、何かを吐き出すように叫んで、汗と血と涙でドロドロになりながら、梢はそれでも生きている。それが生きるということなのだと理解している。あまりにも酷なことじゃないか。
梢には気付いてほしい。心の形は奇形なんかじゃなく、だけどもハートの形でもなく、それは人間の形をしているんだと。だから梢、君は君のままでいいんだよ。君は大声でお腹を抱えながら笑うべきなんだよ。
僕は祈りにも似た気持ちで梢を見つめていた。腕の肉に、自分の指の爪が食い込んでいる。ここで梢を黙って見ているということに苛立ちを感じているのだろう。だけど僕は傍観者に徹した。梢が叫ぶことしか出来いように、僕もただ突っ立っていることしか出来ないからだ。
梢。僕らは、僕らのこの狭い世界ですら、何も変えることが出来ない。でも変える必要なんかないんだ、僕らはこのままで、十分美しいんだって、分かってからは、何かが、少し、変わった気がするんだ。
僕は傍観者。
梢は世界の中心で愛を叫ぶ獣。
そして。
「叫んだ声は木霊になって還る。」
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