誰かを救う私の明日

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二人がグローブを外し、流血の収まった首の傷からイヴィラを抜き取ると、先程噴き上がった血を僅か顔と服に浴びて腰の抜けた初老の商人がやっと今更悲鳴を上げた。 「うぁ、あ、ひっ、あぁ、ああぁぁ!?」 しかしまだ恐慌状態にある。 ネトシルは醒めた目でそれを見ると、おもむろにつかつかと歩み寄り、 びしっばしっ! 往復ビンタ1セット。 「うぉぁ痛っ!いきなり何だ?!」 商人は正気に戻ったようだ。目の焦点が合っている。 エルガーツは呆れて自分の頬を押さえつつ、 「うわ、ビンタ食らわすか普通?音も痛そうだったし…。」 「こうするのが1番早かった」 しれっとネトシルは答える。 過去形で話すという事はつまり、今までに何度もこうする目に合い、他にもいろんな手(間違いなくもっとキツい手もあっただろう、わざと手を踏むとか)を試してこれが1番という結論に至ったらしい。これまでに何人がこのビンタを食らっただろう。 エルガーツは心の奥底で食らった見知らぬ誰か達に同情した。 「…あ、君達どうもありがとう!君達は命の恩人だ!!」 「自分で命を守れないなら旅などするな」 土下座して頭を下げ、もはや拝み出しそうな勢いの商人にネトシルはむしろ冷然として答えた。 まだ朝は早く、元よりこのような辺境では街道といえども人は見られない。 この商人にネトシル達に出会うだけの運があったからいいようなものの、そうでなければ命は無かっただろう。もし会った人が悪ければ助けた礼と称して身ぐるみ剥がされるなんてのも有り得ない話ではない。 「何かお礼がしたい、いやさせてくれ!」 「不要だ」 ネトシルは短く切り捨てた。ラーグノムの死体を街道の外に出していたエルガーツも立ち上がる。 「私達は、ラーグノムを救う為に旅をしているのだから」 そう言い残し、二人は立ち去った。 後には、呆けた顔に猫のヒゲのように血の跡(ビンタ時に指先が引いた筋)をつけた商人がへたり込んでいた。 諦めや血の臭いが飽和した空気で満たされた耳には、彼女の言葉がまだ溶け残っている。 二人の旅の目的は『ラーグノムを救う』事。 そしてその旅はまだ、最終到達地点すら、定まっていない。
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