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「…僕は戦う事より、本を読み漁っている方がいいんですけどね。」
「お前は、頭もよく聡明だ。しかし時には、守るべきものの為にその身を賭して戦わなくてはいけない事もある。それも忘れてはいけないよ?」
「…はい。」
2人の会話の時間はもう終わりを迎えようとしていた。
2人の前に近づいてくる兵士の存在が、それを物語っていた。
「それじゃあ私はもう行く、リド…私が留守の間、この国を頼んだぞ。」
そしてディースは去って行く。
その去り姿をしかと目に焼き付けるリドウェンは、兄を誰よりも信頼しているのは誰の他でもないこの自分だと自負している。
しかし彼の胸中は穏やかではなく、嫌な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
このまま行かせてはいけない、引き止めなければと、思った所でそれが叶う事はない。
国の為、そしてそこに住まう民の為、ひいては大陸の為となるこの遠征をどうして止める事などできようか。
やるせない思いが交差する。
遠くでは、エマオス王国の第1王子にして軍の最高司令官であるディース将軍の元、出陣の号令がなされ各騎士隊長が出発の指示を出す。
甲高いファンファーレと宙を舞う紙吹雪に包まれながら、戦地へと出発するのが見えた。
王服に身を包む、蒼髪の少年の胸元で光るロケットには亡き母が、生前の美しい姿で映っている。
小さくかたどられた装飾品の中の女性は、彼の心中を察するかのように優しく、そして穏やかに微笑んでいた。
リドウェンは強い願いと共に力強くそのロケットを握り締め、ただただディースの無事を祈り続ける。
自分ができる事など、それくらいしかないからだ。
紙吹雪が積雪のように地に舞い降りた頃、勇ましい者達が後を去った城門周辺は、未だにその熱気が冷める気配はない。
それに相反してリドウェンは、騒然とした城門周辺から打って変わり、静寂に包まれた城内へと一人帰っていくのであった。
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