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「竜? どうしたんだよ」
「いや、なんでもねえ……」
竜は由貴の問い掛けに、女子生徒がそこにいたことを言わずに話をはぐらかした。竜の頭の中には、あの女子生徒はどこにいったのか、という疑問がぐるぐると巡っていた。
黙り込んだ竜に由貴は首を傾げつつも、竜が寡黙になんのはいつものことか、と大して気にも止めずに、何気なく図書室の壁に掛かっている時計に視線を向けた。
由貴が視線を向けたと同時に、時計の長針は44分を指した。短針は4と5の間。
現在時刻4時44分。
由貴は何となく嫌な印象を受けつつ、視線を竜へと戻した。竜はまだ視線を下げて、黙り込んでいる。
「竜ちん。そろそろ帰ろーぜ、もうすぐ5時だし」
「……ああ、そうだな」
竜は由貴の言葉に視線を上げると、椅子から立ち上がり、手に持っていた新刊の本を元の位置に戻し、持ってきていた文庫本を手に取った。
そうして由貴と竜の二人は図書室を出るため、ドアへと近付いた。竜は一度後ろを振り返った後、視線を前に戻す。
由貴はドアに手をかけると、ゆっくりと開き、廊下へと出て行った。その後を竜が続き、後ろ手でドアを閉めた。
「ねー、竜ちん。帰りモック寄って帰らねえ? 俺、腹減ったー」
「家帰って、晩飯食えよ」
「モックは別腹なんですうー」
「女子か」
由貴と竜はたわいもない会話をしながら、誰もいない廊下を歩く。真っ直ぐ続く廊下は、夏の5時近くにしてはやけに薄暗く感じていた。
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