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大量に重なり合った蝉の声が、開いた窓から教室中に響き渡っていた。
お盆も過ぎた、八月下旬。世間は夏休みだというのに、桜ヶ丘高校の生徒達は午前中までの補習のために学校へと足を運んでいた。
二年B組の教室。一時間目の数学を終えた休み時間。教室の中はあちこちから聞こえる話し声で、ざわついていた。
その教室内で、やけに目立っている人物がいた。明るいブラウンのあちこち跳ねた髪に、気だるげな雰囲気を持つ顔立ちの整った男子生徒。名は、藤嶋竜。
窓際の席。竜は椅子の背もたれに体を預けてだらしなく座り、ぼんやりと、前に座っている一人の男子生徒に視線を向けている。
前に座っている男子生徒は、竜のように目立った特徴もなく、言わば平均的な顔立ちをしていた。彼の名は、井上健太。
ざわめく教室内、その一角にある一つの席。
健太は机の上で腕を組み、少しばかり身を乗り出すと、やや強張った表情で口を開いた。
「……で、今じゃそれがすげえ噂になっててさ。実際に見たってヤツもいるらしいんだよ」
声を潜めて、深刻そうな表情で、そう言った健太に竜は呆れた表情を浮かべた。右手に持っているミネラルウォーターの入ったペットボトルに口をつけて、少しばかり喉に通すと、竜は返事をした。
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