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周囲の人間が血を見て声をあげる。一斉にその場所が騒がしくなった。悲鳴がやまない。
その中、一人微動だにしない――いや、動くことができない人間がいた。
ヴェンである。
彼は少年と向かい合ったまま固まっていた。表情は恐怖に満ち、嫌な汗が流れ落ちていく。手も小刻みに震えていた。
手と同じく震える唇が精一杯の声を絞り出す。
「ひ、人殺しに抵抗なんてねぇのか!」
「お前らに言われたくない。お前らのせいで俺は……」
最後の言葉を濁らせる。
言い表しようのないくらい黒い空気。それは確かに憎悪の念も含んでいた。
少年の銃がカチャリと音をたてる。
そんな微かな音にも怯える男。先程までの威勢なんてこれっぽっちも無くなっていた。今あるのは恐怖と助けてほしいという思い。
戦意のない男に失望したのか、少年は一つ息をつく。
しかし、それで男を見逃すわけはなく、静かに一歩踏み出した。少年の足音は確実に怯える男を追い詰める。
「ひぃ!来るな!」
唯一の縋りものの銃を男は構える。
だが、少年は止まらない。
「止まれぇ!」
追い詰められた男の銃が火をふく。
恐怖で的が合わなかったとはいえ、その弾は少年の左腕を掠めた。それでも立ち止まらない少年に、とにかくと男は撃つ。
「…うざいよ」
足を、頬を、弾が掠めていくなか、少年はつぶやく。
そして音もなく引き金をひく。パンという渇いた音と同時に、的確に男の肩と右足を弾が貫いた。
醜い悲鳴と共に男が倒れる。
「た、助けて…」
痛みに顔を歪めながら男は命請いをする。
彼に恥なんてなかった。心にあるのは死にたくないという本心だけ。
「謝るから…もうこんなことしねぇから、命だけは…」
「……一つ聞きたいことがある」
男を無視し、少年は問いかける。
「ドーバという男を知っているな?」
「へ?ド、ドーバって…あのドーバ将軍のこと…か?」
「今どこにいる」
少年の奇妙な質問に男は頭をあげた。
ドーバとは、ルガニア国の重臣の人物名だった。地位は将軍。現在の軍事権はこの男が握っているといっても過言ではない。争い好きな狂将軍と、他国でも有名な男だった。
ただ、何故少年がドーバについて聞いてくるのか、男には理解できなかった。
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