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陰湿で執拗な拷問の末、古高の口から想像しえない程の言葉が出てきた。
近々(六月二十日頃)風の強い日を選び、御所を焼き討ちにしせしめ
佐幕派公卿中川宮を幽閉し京都守護職である松平容保を討った後に天皇を長州へ連れ去ると言う事であった。
尊攘派によるクーデター計画である。
驚くべき情報を得た近藤勇はすぐさま会津藩本陣にいる松平容保に報告する。
近藤の報告を受けて松平容保は
禁裏守衛総督の一橋慶喜
京都所司代の松平定敬
と打ち合わせ、夕方に祇園会所に集結することにした。
そして一方、古高捕縛を知った浪士は長州常宿であった三条の池田屋に集結していた。
北添桔摩、望月亀弥太もそこに居た。
六月五日が運命の日となるとは知らずに
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