二つの世界

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チャイムが鳴るまで、あと5秒位。 教室のドアの真横の自分の席まで、あと36メートル位。 間に合うだろうか。 大丈夫。 間に合う。 多分。 いや絶対。 廊下を猛ダッシュするのは気がひけた。 必ずこの学校の先生は誰がダッシュしたのか他の生徒にチクらせるからだ。 だが、そんな事を言っている場合ではない。 自分の無遅刻無欠席という栄光を汚す真似など、自分にとってはもっての他なのだ。 特に理由は無いのだが、自分にとっては、「無遅刻無欠席」が儀式化してしまっているらしい。 人間は自然と独自の儀式を日常の中で作る、と聞いた事がある。 自分の席という儀式の終了地点はもうすぐそこだった。 時計の針が8:45をさし、チャイムが鳴るギリギリ一秒前で、ようやく席につく事が出来た自分は、安心してため息をついた。日直が遅刻の確認をとっている。 後2~3分で先生がやってくるだろう。 そんな事を考えている最中、クラスの何人かの視線が自分に集中している事に気付いた。 なるほど、急いで席についた勢いで机と椅子が大きく音をたてたから、きっと驚いたのだろう。 軽く愛想笑いをすると、後ろの席の田嶋に声をかけた。 「はよ」 「はよー、れいたろう!いつもに比べて遅いじゃないか!なになに、お腹がゆるいって…「馬鹿、ちげーよ、それはおめーだろ?」 「いや、生憎俺は今日もミディアムなんでね」 品の悪い冗談を交わしながら、一時間目の授業の準備にとりかかった。 先生が来るまであと1分位だ。 それまでの間に、準備は終わらせた方が良いだろう。 少しでもあの猛ダッシュした生徒(自分)の正体を悟られぬようにせねばならない。 大概、猛ダッシュした生徒がいると、ドタドタという音が下の階の職員室に聞こえて、そこで通称「氷メガネ先生」が朝のホームルームの時にやってきて―― 「ガラッ」 田嶋との話をやめ、おそるおそる前を向き、ドアの方に視線を移す。 「静かにしろー」 予想は的中してしまった。 教室に入ってきたのは、山頼アツシだった。
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