一章の1 庭瀬

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 目前の物体が、悩むような眼差しで僕を見た。 「なんや。本当に覚えておらぬのか?」  ふたつの耳をひくつかせ、二等親の奇妙な物体は言ってのける。  一体、どこの国のどんな方言だろう。  あちらこちらの言葉を、かき混ぜた言葉で、胡座を掻いた物体は細い瞳を向ける。  着ている服は麻布で作られた和風の着物。一度、祖母が見せてくれたから直ぐに分かる。それに、母さんが夏に良く着る浴衣の袖を無くしたみたいな羽織に、モンペと言う遙か古代のズボンを履いていた。僕らにしてみれば、異質極まりない格好といえる。  にんまりと、狐が笑うと、八重歯が覗いた。 「なら、ええわ。ゆっくり思い出しい。わいは全然構わんからの」 「えっと、狐さん――でいいのかな? とりあえず、ここに居ると厄介だから、家へ来る?」  僕は何を言っているのかと自分で自分に突っ込んだ。  だけど、口から出た言葉は撤回無用。  狐は狐芽(こめ)と名乗り、僕の肩に乗った。重い――とはけして言わなかったけれど。  携帯も無い。僕は家にも帰れずに、十六夜高校を後にした。
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