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目前の物体が、悩むような眼差しで僕を見た。
「なんや。本当に覚えておらぬのか?」
ふたつの耳をひくつかせ、二等親の奇妙な物体は言ってのける。
一体、どこの国のどんな方言だろう。
あちらこちらの言葉を、かき混ぜた言葉で、胡座を掻いた物体は細い瞳を向ける。
着ている服は麻布で作られた和風の着物。一度、祖母が見せてくれたから直ぐに分かる。それに、母さんが夏に良く着る浴衣の袖を無くしたみたいな羽織に、モンペと言う遙か古代のズボンを履いていた。僕らにしてみれば、異質極まりない格好といえる。
にんまりと、狐が笑うと、八重歯が覗いた。
「なら、ええわ。ゆっくり思い出しい。わいは全然構わんからの」
「えっと、狐さん――でいいのかな? とりあえず、ここに居ると厄介だから、家へ来る?」
僕は何を言っているのかと自分で自分に突っ込んだ。
だけど、口から出た言葉は撤回無用。
狐は狐芽(こめ)と名乗り、僕の肩に乗った。重い――とはけして言わなかったけれど。
携帯も無い。僕は家にも帰れずに、十六夜高校を後にした。
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