一章の2 五月

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 黒髪。無口。着崩したスーツ。臭いのキツい煙草の煙を空間に飛ばして、酒を飲む。  バー店、吾妻(あづま)の片隅を陣取るのは、この地一体を縄張りにする男。酌を注ぐ女には目も向けずに、私に視線を送ってくる。  男の名前は佐久間という。オーナ、大川に連れられて来店した折り、付き人から名刺を貰った記憶はあるが、興味が無いので名前までは覚えなかった。  それから、毎日欠かさずに奴は同じ席にやって来る。  飲むのはウィスキーかワイン。御指名は無くランダムに源氏名を呼ぶ。お得意様顔負けの好き放題振りには、オーナも些か苦笑いが絶えない。  知ってか知らずか、グラスの酒を無言で飲み干して帰宅――佐久間という男の素性は謎めいていた。  ところで、私には気掛かりなことがひとつある。  仕事が始まる前に、悪戯で掛けた携帯電話の相手。白羽のことだ。  いきなり、突飛なことを口にしていたあの子との連絡が途絶えた。それも、意味不明な言葉の羅列を残して。  事件に巻き込まれる率は、無駄に高いので、今回の譫言(うわごと)もそれによると考えられるのだけど。
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